佐喜眞美術館

Sakima Art Museum

奇蹟の画家 石井一男展

奇蹟の画家 石井一男展
会期=2012年6月6日(水)~7月30日(月)
開館時間=9時30分~17時 火曜休館
入館料=大人700(630)円 中高生600(540)円 小学生300(200)円
   ※(  )内は20名以上の団体料金

※常設の『沖縄戦の図』もあわせてご鑑賞いただけます。

公開イベント◎鼎談「石井一男の世界」―石井一男、島田誠(ギャラリー島田)、佐喜眞道夫
2012年6月10日(日)15時~
※参加無料(ただし要入館料)

 神戸のギャラリー島田で石井一男さんの絵と対面した。何回も何回も塗り重ねた分厚い小さな画面に女神のような肖像が描かれている。孤独と清貧の暮らしの中で、誰のためでもなく自分のため、命をつなぐために描いてきた絵である。静かに自分の内面から湧き上がるイメージを描き続けた深い精神性が感じられる。素朴であるが突き抜けて何か大切なところに届いている。いまどきこんな人が奇蹟的に存在しているのだ。石井一男の作品は、街の片隅に存在する野仏のようなものであろうか。しばらく対面した私には何か清められた印象が残った。(佐喜眞美術館 館長 佐喜眞道夫)

奇蹟の画家
『奇蹟の画家』
後藤 正治

石井一男 略年譜

1943年 10月5日、兵庫県神戸市兵庫区湊町(新開地)に生まれる。
1945年 3月17日、神戸大空襲にて自宅焼失。5月、父がフィリピン・ルソン島で戦死する。
終戦後は兵庫区内に居を移し祖父母と母と暮らす。
1962年 高校卒業後、運送会社等の地元企業に入社するがひと月ほどで退社。
6月、神戸市役所へ入所。
1963年 3月、市役所を辞め、4月に関西大学法学部(二部)入学。大学では美術部に籍を置き油彩画を描いていたが1年ほどで離れる。時折、大学やアルバイト先近くの画廊に寄ったり、書店で画集(ジョルジュ・ルオー、熊谷守一、香月泰男など)を眺める日々を送る。
1969年 関西大学法学部(二部)卒業。
1971年 46年度兵庫県展に出品し、洋画部門にて入選を果たす。画家になることは全く考えていなかったが、県展入選時の兵庫県立近代美術館館長・阪本勝氏(故人)の言葉に感じ入り、絵を続けていこうとする。
1972年 神戸から加古川に転居。仕事はビルの清掃や交通量調査など主にひとりで担当できるアルバイトを選び、時折加古川に点在する小さな石棺仏を見て歩く。
1981年 神戸に戻り、飲食施設で皿洗いなどのアルバイトに就く。この時期、絵はほとんど描いていないが、頭の隅には絵のことがあり、時々画材を出してみるものの、結局描くことができずに日々を過ごす。
1989年 地下鉄の駅へ夕刊を配達するアルバイトに就く(95年、阪神・淡路大震災の前日まで続ける)。
体調に不安を感じつつ、この頃より再び絵を描き始める。
1992年 6月24日、神戸元町の海文堂の島田誠氏に「絵を見てほしい」と電話をかける。
翌25日、同ギャラリーへ描き溜めた作品を持参する。10月、初個展開催。
1995年 阪神・淡路大震災で自宅が被災。約3ヶ月ほど避難所で生活を送る。震災の影響でアルバイトを辞め、以後、個展を年に2~3回のペースで開催する。絵の制作の傍ら、県外の美術館に足を延ばしたり、東北地方や奈良の寺を訪ねる。
2008年 画集『絵の家』がギャラリー島田より出版される。
2009年 画集『絵の家のほとりから』がギャラリー島田より出版される。
石井自身とその絵に関わった人たちを記したノンフィクション『奇蹟の画家』(後藤正治著・講談社発行)が出版される。
2010年 1月17日、約1年をかけて石井を取材したテレビ番組(TBS「情熱大陸」)が放映され、全国的に大きな反響を呼ぶ。
2011年 BBプラザ美術館にて個展開催。
2012年 佐喜眞美術館にて個展開催。
  ※略年譜は、BBプラザ美術館「無垢の画家 石井一男」展図録を基に作成。

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